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東京高等裁判所 昭和49年(ラ)114号 決定

抗告人

斉藤金吾

外一名

右両名代理人

松井道夫

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人両名の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は別紙「抗告状」及び「抗告理由書(抗告状抗告理由の補充)」記載のとおりである。なお、右「抗告状」の抗告の趣旨には「原決定を取消す。新潟地方裁判所昭和四二年(ケ)第五六号不動産競売事件の競売手続中昭和四六年一一月三〇日競落人に対する代金支払期日指定書発送以降の部分を取消す。」旨の裁判を求めるとあり、一見将来にわたるすべての執行行為の取消を求めるごとき表現になつているけれども、執行方法に関する異議の申立で是正を求めることができるのは、当然既に行なわれた過去の執行行為に限られるのであり、右「抗告理由書」を併わせて読むと、右抗告の趣旨における異議申立は、原執行裁判所がなした「競落代金支払期日の指定、右代金の受納付、競落不動産の競落人に対する所有権移転登記の嘱託」の執行手続の取消を求める趣旨であることが明らかであるから、以下本件異議の申立を右趣旨に解して検討することとする。

二まず記録によると、原審新潟地方裁判所(執行裁判所)に対し債権者株式会社和光商事が抗告人両名を債務者兼物件所有者として別紙物件目録記載の各不動産につき任意競売の申立(同庁昭和四二年(ケ)第五六号)をし、同月一〇日競売手続開始決定があり、次いで同年七月二五日債権者東光商事株式会社から抗告人両名を債務者として右各不動産につき強制競売の申立(同庁昭和四二年(ヌ)第三八号)があり、これが記録添付となつたこと、その後右競売手続は競落許可決定が確定する段階まで進行したところ、右任意競売事件につき昭和四六年八月二〇日競売手続停止の仮処分決定(同庁昭和四六年(ヨ)第二〇二号)があつて、その競売手続が停止されたこと、更にその後間もない同年一〇月一五日、前記債権者東光商事株式会社から民訴法六四五条二項の規定に則つて前記記録添付の強制競売事件につき手続を進行されたい旨の上申書が提出されたこと、そこで同裁判所は、同年一一月三〇日競落人深谷操に対し代金支払期日を同年一二月一〇日午前一〇時と指定し、右支払期日に同人から競落代金全額の納付を受けたうえ、同月二〇日競落不動産についての所有権移転登記の嘱託を完了したこと(ただし、これらの手続書類には事件番号が「昭和四二年(ケ)第五六号」と標記されている。)、しかるのち昭和四七年一月八日本件異議申立があつて一年半余の昭和四八年六月二〇日、同裁判所に対し前記競売手続停止の仮処分事件が同年五月一四日取下(休止満了)によつて終了した旨の証明書が提出され、同裁判所によつて代金交付期日を同年一一月二二日午後一時とする旨指定されたこと(ただし、この期日指定は職権により取消された。)、以上の各事実が明らかである。

三そこで、所論を要約して順次判断することとする。

(一)  所論はまず、民訴法六四五条二項は先行競売手続が停止された場合には適用がないと主張する。(別紙抗告状の「抗告の理由」が引用する原決定抗告人らの主張(五)及び(九))。

思うに、民訴法六四五条の記録添付の制度は、同一不動産に対する数個の競売手続を併行して進めることは、同じ目的不動産の換価、それによる換価代金の配当という同一効果のために同じ手続を重ねてすることになつて煩雑を生じさせるのみであるから、その重複を避けるため、先行の競売手続を進行させることによつて、記録添付の後行の申立につき競売をしたのと同一の効果を得しめようとするものであつて、したがつて、同条一項により、既に開始決定のあつた不動産について重ねて競売の申立があつたときは更に開始決定をしないでおき、同条二項によつて、先行の競売手続が取消となつた場合には右記録添付の債権者のために開始決定の効力を生じさせて、それまでの競売手続の状態を保存させようしているのである。そして、法が期待する右制度趣旨からすれば、任意競売手続と強制競売手続とでは利害関係人の範囲、一般債権者の配当加入、配当手続等の点で差異があるとはいえ、基本の手続・内容において共通するこれら両手続が競合した場合についても同条の準用があると解するのが相当であり、更にまた、同条二項の規定による開始決定の効力は、明文の定めのある競売手続の「取消」の場合のみならず、「取下」あるいは「停止」の場合についても同様に与えて妨げなく、その準用があると解すべきであり、この見解は判例と多数の学説の承認するところでもある。

なお、右の「停止」の場合は、停止の効力が解除されて先行の競売手続が復活する関係を生ずることになり、先行・後行手続が右のように種類を異にするときに配当(又は代金交付)まで実施すると復活した手続の債権者等の利益を害する場合があるから、種類を異にするときには手続の完了(競落代金の支払、所有権移転登記の嘱託)までにとどめておくのが妥当であり、右の限度において同条項の準用があると解するのが相当である。

(二)  所論は次に、執行裁判所が、競落許可決定確定後に民訴法六四五条二項の規定により記録添付の競売申立について手続を進めるためには、右申立事件について改めて競落期日を定め、利害関係人に異議申立の機会を与えて競落許否の決定をなすべきであると主張する(抗告理由書第二、前記引用の原決定抗告人らの主張(八))。

しかし、記録添付の制度は、前記のように同じ競売手続の併行を避けながら記録添付の申立債権者にもその実質同じ競売の効果をおさめさせ、先行競売手続が取消等によつて終了し、又は停止された場合にはそれまでの手続を右記録添付の債権者のそれとして保存し、その状態に次ぐ所要手続を追行させようとするのであるから、本件において履践された既往の右競落期日の指定、競落許否の決定等を改めてする必要はないのである。もとより、記録添付の扱いとなる競落申立についても、執行裁判所はその適法要件を審査する必要があり、右要件を欠いた申立は民訴法六四五条一項の規定にかかわらず却下することになるのである。また、仮に開始決定の効力が生じたとされた記録添付の競売申立について右違法要件の欠けていることが判明し、あるいは、右効力発生までに行なわれた既往の手続中に右記録添付債権者との関係において競売・競落を許さない事由、再審の事由等があつたときは、その競売手続の完結までに執行方法に関する異議を申立てることができると解されるから、所論のように、後行の競売手続について利害関係人に異議の機会を与えないことにはならないのである。したがつて、右所論には賛同できない。

(三)  更に所論は、執行裁判所が記録添付の事件について開始決定の効力が生じたとして競落許可決定確定後の前記代金支払期日指定等の措置をとるについて、債務者である抗告人両名に何らこれを知らしめる方法を講じなかつたのは違法であるという(抗告理由書第三、前記引用の原決定抗告人らの主張(六)、(七))。

よつて考えるのに、民訴法六四七条一項によれば、同法六四五条一項に規定する二重の競売申立等があつたときは、その旨を利害関係人に通知すること要するところ、記録を調査すると、執行裁判所は、昭和四二年七月二五日に申立のあつた前記強制競売事件(昭和四二年(ヌ)第三八号)を記録添付にした旨その頃抗告人両名に通知したことが明らかであり、右記録添付事件の手続追行に際して、それ以外に右執行裁判所が抗告人らに何らの通知をしていないことは所論のとおりである。

しかし、右手続の追行にあたつて利害関係人にどのような通知をするかは、実施する手続の内容いかんによるのであつて、例えば、未了の競買・競落等の手続をするときはその手続に必要な通知又は裁判の告知を債務者等利害関係人に対してなすべく、また、本件のように代金支払期日指定以降の手続をするときに関係の競落人に対して所要の通知等をなせば足りるのであり、それ以外に債務者に対して記録添付事件の競売手続を続行する旨を通知したり、無関係な右代金支払期日の指定を告知する必要はないものといわざるを得ない。所論は独自の見解に立つものというほかはなく、これに関して憲法二九条一項、三二条違背を云々する主張も当を得ないものである。

(四)  その他の主張について(抗告理由書(四)、(五)等)

本件において、執行裁判所が代金支払期日の指定、その受納付、所有権移転登記の嘱託の各措置をするに当りその各書類に前記任意競売事件(先行事件)の番号である「昭和四二年(ケ)第五六号」を標記したことは前記のとおりである。しかし、右任意競売事件は仮処分決定によつて停止されていたのであるから、右措置は右の停止によつて続行可能となつた記録添付の強制競売事件の開始決定の効力として実行されたものと解すべきものであり、このことはそれを促す趣旨の上申書が右記録添付の債権者から提出されてのちに右措置がとられたという前記二項説示の経緯からも充分窺えるところである。

このような場合にその手続書類にいずれの事件番号を記載するかは実務上の記録表示の問題であり、誤解を避ける意味において記録添付事件の番号を表わすのが好ましいとはいえても、必ずそれでなければならないとまでは断定できず、したがつて、先行事件の番号を標記した本件の処理が誤つたものであると言い切ることはできない。

これを要するに、執行裁判所は、前記代金支払期日の指定から所有権移転登記の嘱託までの手続を記録添付(強制競売)事件の開始決定の効力に基づいて追行したもので、右競売の手続に何らの違法はないと解すべきであるから、るる述べてこれを非難する爾余の所論も採用することができない。

四以上の次第であつて、本件異議の申立を棄却した原決定は一部理由を異にするが結論において相当であり、抗告人らの本件抗告はいずれも理由がないことに帰するからこれを棄却することとし、抗告費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり決定する。

(浅賀栄 小木曾競 深田源次)

(別紙) 物件目録・抗告状・抗告理由書《省略》

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